アートバーゼル・パリとフリーズ・ロンドンは、世界のアート市場で最も注目される国際フェアである。
実際にこれらの場に訪問することで観察される傾向や発見は、日本のギャラリーが海外市場でどう戦うべきかを考えるうえで極めて示唆に富んでいる。
まず、価格の違いについて触れておきたい。
アートバーゼル・パリやフリーズ・ロンドンといった世界の一流フェアと日本国内のアートの価格を比較するのはナンセンスゆえ、同時期にパリで開催されていた「Paris Internationale」や「The SALON by NADA」といった主に若手ギャラリーのサテライトフェアと、国内の同程度のサイズや質感との価格を比較してみた。
結論として、欧州で展示される作品の価格は、日本のアート市場と比べて約2.5倍もの差がある。
もちろんこれは作品自体のクオリティによる差ではない。
むしろ、円とユーロの為替差に起因しており、日本の経済が欧州に比べて相対的に弱くなっていることが大きな要因である。現在、日本円は過去4年で約40%の円安に直面しており、その結果、欧州のアート市場との価格差が大きく広がっている。
この現象は、日本のアート市場が直面する複数の問題を浮き彫りにしている。
国内市場が限られている上に、購買層は高齢者に偏っており、彼らは現代アートに関心を示しにくい。
上記のような価格の差だけではない。日本のアートの存在感がより一層薄れてきている。
マンガやアニメ、イラストに影響を受けたアートスタイルは、アートバーゼルやフリーズのような場はもちろん周囲のサテライトフェアでもほとんど見かけられなかった。
現代アート市場が成熟している欧州の場では、日本的な要素を持つ作品が取り上げられることは少なく、バーゼルパリやフリーズロンドンでは、日本の出展ギャラリーや日本人の出品作品も全体の約1%にとどまっている。
このような状況に対して、日本のギャラリーが取るべき戦略の一つとして考えられるのは、価格の格差を逆手に取り、欧米市場における「割安な」アートとして訴求することである。
しかし、注意が必要なのは、アートの価格が作品の「原価」に基づいているのではなく、90%以上が付加価値に依存しているという点である。
したがって、日本のアート作品が低価格であることが、コレクターや批評家から「ブランド価値が低い」と見なされないよう、作品の「付加価値」を高め、アピールする努力が不可欠である。
欧州のギャラリーは、ブランド価値の高め方に非常に長けており、コンセプチュアルな作品やインスタレーションを前面に出し、作品に「物語」や「背景」を与えることでブランドを築いている。
これは、ファッションでのプレタポルテのショーに似ている。日本のギャラリーも、作品を売る場としてだけでなく、作品や作家の価値をブランドとして見せる「プロモーションの場」としてアートフェアを活用する必要がある。
こうした場で、日本ならではの価値観や独自性を強調し、グローバル市場でのブランドイメージを作り上げていくことが、競争の激しいアート市場で日本のギャラリーが存在感を示す鍵となる。
さらに、近年はテクノロジーの進化により、物理的な出展にかかる高額なコストを回避しつつ、グローバルなプロモーションが可能になってきている。
アートフェアに参加することが困難なギャラリーも、デジタルプラットフォームを活用して、インターネットを通じたグローバルな存在感を示すことができる。
バーチャル展示やSNS、オンラインギャラリーを通じて日本の作品やアーティストを発信し、ブランド価値を高めていくことが現実的な解決策となるだろう。
さらに、日本のギャラリーは、短期的な売上の向上だけでなく、長期的な視点でブランド価値を構築していくことも重要である。
欧米のギャラリーはアーティストのプロモーションに長期間をかけ、彼らのブランドイメージを市場に浸透させる姿勢を持っている。
日本もこれに倣い、アーティストと作品に対する「ストーリー」を積極的に発信し、アートの背景や日本的な要素を海外のコレクターに理解してもらう努力が求められる。
このためには、アーティストや作品に関連したイベントやトークセッションなどを通じて、作品が生まれた背景やコンセプトを深く知ってもらう機会を設けるといった方法がある。
アートバーゼル・パリやフリーズ・ロンドンのようなフェアは、単なる売買の場ではなく、アートの価値をいかに高め、見せるかが問われる場所である。
日本のギャラリーも、単に作品を「販売」するだけではなく、「作品の価値」を築き上げ、ブランドとして育てる姿勢を持たなければならない。そうすることで、コレクターや批評家に対するアピール力を高め、日本の現代アートがグローバル市場において競争力を持つことが可能となるのである。
コロナ禍以降、アート市場もまた大きな変革を迎えており、これまでのように物理的な展示だけに依存することが難しくなってきている。
日本のアートがグローバル市場で成功するためには、欧米のアートフェアに挑戦し続けることが一つの方法論ではあるが、一方でデジタルとリアルの双方で価値を高める新しいアプローチが必要となっている。
グローバルなブランド価値を築き、テクノロジーを活用して市場との距離を縮めることが、競争力を保ち、差別化を図るための鍵となるだろう。
以上のように、アートバーゼルやフリーズの現場で見られた数々の教訓とヒントは、日本のアートが次のステージへ進むための大きな指針となる。
新しい価値観とテクノロジーを受け入れ、積極的にグローバル市場に挑むことが、日本のアートシーンをさらに発展させる道であることは間違いない。